現代アートについて考えた:感性について

カウナス美術館の地下の抽象画の作品を観ているとき、何かこう、訴えかけるものを感じた。


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ヘルシンキ現代美術館の感想で、現代アートは理解しづらく、「インパクトか作家の知名度に依存してしまう傾向がある」などと書いたけれど、それは一面に偏っている書き方だった。

この抽象画の意味を問われても、よくわからない。作品の時代背景、作家の意図もあるのだろうけれど、意味とは別に、感じるもの、感性に訴えるものがあるのだと思う。

芸術に限らずにあらゆる分野の作品には知識で理解できる側面の他に感性で感じる側面もあり、それらは絡み合っている。論理の最たるものとされる数学にだって美しさはある。ソフトウェアエンジニアの世界でも、設計を見て、綺麗だ、と思うことがある。

センスと言ってもいいかもしれない。センスはどちらかというと、目的がはっきりした分野で善し悪しをはかる能力で、感性というと、もう少し精神的な、もっというとスピリチュアルな分野もカバーしているような響きがある。

知識を持つことでセンス・感性が磨かれる面もあるが、良いとされるものをたくさん観る中でセンス・感性というのは磨かれるという話はよく聞く。

実際のところはわからない。

イヌイットの人たちは雪に対してたくさんの呼称があるという。あるいは、虹の色の見え方は民族によって違うという。そこには、知識と経験と歴史の中で積み重ねられた見方がある。

芸術作品は、様々な文脈を持った作家の感性に直接触れる機会と言えるのは間違いない。

その感性に触れる中で、自分の感性が拡張される、と、なんだかガリ勉タイプの発想な気がしないでもないが、そんな風になっていけたらいいなと思う。

梅田で待ち合わせの間に

ストリートミージシャンのお兄さんは開口1番、リクエストはありませんか。そりゃあないだろうと思ったけど、この人、どの歌手でも歌うらしい。人間ジュークボックスか。

警察官が現れると、歌う2組はミージュックストップ。でも帰る風でもない。とりあえず、いる時は歌ってはダメだけど、撤退しなくてもいい、というお決まりの模様。グレーをアリにするというのは日本流か。

隣のお兄さん、1人で待ち合わせの女性に声を掛ける。そりゃあ無理と思えるナンパか。と思ったが、しばらくして来て合流した仲間との会話には、デリヘルは一万四千円とか言っている。なるほど、新年度にスカウト業務ですか。しかし、こんなんで見つかるものなんでしょうか。彼らは3人ともトゲトゲした財布が印象的でした。

イミテーション・ゲーム

主人公のアラン・チューリングはドイツの暗号機、「エニグマ」の解読した実在の人物。天才。暗号解読によって、戦争は2年早く終わり、1400万人の命は救われたとみられるというのだから、壮大な話。なんとなく、エニグマという言葉は聞いたことがあったけど、解読の事実さえ50年間秘密にされていたということも知りませんでした。

天才というだけでなくて、普通でないところがあり、社会の中では生きづらい。当時だと特にそうで、幸せに暮らしましたとさ、とは全くならない。世の中は理不尽です。

映画のストーリー展開もうまい。

理不尽すぎるのだけど、最後の方で主人公に向けられた、「あなたが普通じゃないから世界はこんなに素晴らしい」っていうセリフがいいなあ、と思った。

本質的には誰に対しても言えることだと思うけれど、このような生涯を送った人に対して誠実に言える、ぴったりの言葉だと。

真夜中にほろ酔いで家にたどり着く直前

真夜中にほろ酔いで家にたどり着く直前、イヤホンで音楽聴きながら、いい気分でちょっと口ずさんだり、たたんだ折りたたみ傘をくるくる回していたところ、左斜め後ろに自転車が見えてハッとして、恥ずかしくなりながら、早く抜いて行ってくれと念じるも、なかなか追い抜かないから、半分振り返ったら、自転車押していて、2人いて、カップルで、なんか嫌な予感がしたら、やっぱり同じマンションの住人で、でもこの距離なら気まずくても、自分は最上階だから一緒に乗るべきだと思って、ちょっと意地になって、開くのボタンを押して、エレベータの中から振り向いたらどうやら2階の住人らしく、階段を上って行ったので少しほっとして、閉じるのボタンを押した。女性が階段の下にいるころ、男性は7割がた上り切っていた気がするから、階段を上る男性の足取りは軽かったのだろう。

政局ばかりの報道

お昼に定食屋のテレビでニュースが流れていて、政治の話をしていた。野党が集まって、参院選の選挙に向けて協議しているという。

民主党かの人が「それぞれの党の公約から重複する内容を洗い出す」というようなことを言っていた。官房長官が野合の衆が集まって何になる、と言っているのが紹介され、その後、総理の憲法改正についての発言が「選挙に影響がある、気をつけてもらわねば」というような意見が相次いだ、と紹介している。

野党関係者、自民党の人たちが政局のためだけという観点で一生懸命になっているのを、当たり前のように淡々を報じられているのをみていると、不思議な気持ちになってくる。

野党で発言していた人がどんな立場かわからないが、事務仕事ができるだれかを連れてきて任せても言えそうなコメントなんだけれども。いや実際、そういう仕事は必要だということはわかるけど、少しでも大儀を掲げようという気持ちはないのだろうか。

報道している人も、そんな疑問は沸かないものなのだろうか。

東京見聞録:浅草

最近、東京に行くことが多いのだが、前に泊まりだった時、ちょっとおもしろな飲み屋を見つけた。

店主はバンドをやっていて、ちんどん屋のようなスタイルだそうで、笑点にも出たことがあるらしいのだが、まあ、バンドってのは人数もいるしそれだけではとても食えないしね、なんて話をしていた。

途中、お店に入ってきた人が、「このあとイッキョクやってきますか?」と、店主に話しかける。(その時、店には、店主とバイトがいた)

イッキョク=1曲と思い、カラオケ?ダンス?なんて不思議に思ったのだが、それは「一局」であり、将棋のことだった。後ろでおもむろに対局が始まる。

よく見ると、奥の壁にはリーグ戦の表が貼ってある。

10人くらいだろうか。ほとんど近所で商売やっている人らしい。商品は各自が持ち合っていて、このリーグ戦では、優勝者には最近テレビで紹介されたらしいラーメン屋のビールセットがついている。ちょっと釣り合わないのではと思ったが、靴屋の商品もある。

* *

二回目のこないだは、バイトと客が2人だった。
客の一人は、中国か韓国の人らしい。もう一人の日本人が、しきりに感心している。

「あざっす!がわかるって、レベル高いなあ。ちょっと違和感があるくらい」
というような、日本の話し言葉というか、スラングもわかる、ということに驚いている。

いくら海外の人だって、住んでたらそりゃあ知るだろうし、ちょっと失礼な人だな、と思って聞いていた。

話に加わると、アニメとドラマで日本語に馴染んだという彼は韓国の学生で、今回は2回目の旅行で日本に来たのだという。前回も今回も滞在していたのは1、2週間程度だという。日本語は留学生と話す程度で、専門というわけでもないらしい。

それで、普通に日本語で話せるのは驚異的だ。

マンガ・アニメは何が好きかときいたら、アイドルマスターと、あとその類(失念失礼!)の名前を挙げた。ナルトとか、ワンピースが来るかと思ったのだが、世代もあるのだろうか。

マンガの話をしていたら、
「ジョジョって、ネットでよくネタにされるけど、実際にマンガとかアニメを観てる人は少ないですよね。」
なんて話しだすから、アンタ日本人では?
とつっこみたくなってしまう。

しかし、考えてみると正確には、「そういう漫画やネットが好きな、いわゆるオタク的なことに興味があるような人」なのであり、そういった人は、日本に住んでいることもあるし、韓国に住んでいることもあるのだろう。

大きなメガネをかけ、外見はいわゆるオタクのイメージそのものだった。聞けば、韓国で彼の世代(20代前半?)が40人いれば、1人,2人は彼のようなオタクがいるという。

なるほど。日本なら、もうちょっと多い程度だろうか。

私はあまり長居しなかったが、その韓国人の彼と、もう一人の日本人のお兄さんは、
「ルパンはクールだ、次元が特に良い、その次元を主役に据えた最近のルパンの映画は最高にクールだ」と盛り上がっていました。

東京見聞録:ネットワークビジネス

バーガーキングに電源があったので、せっせと作業をしていたら、奥にいる女性2人組みの話声が聞こえてくる。

「・・・16万の振込で・・」
「・・出費を見直さないとね・・」
「・・・リスト作って・・」
「・水とか?・・」

「バイトもさあ、もっと当たらないと」

* *

どうやら、水を買うかどうかを検討するほど(というか他に検討すべきことはいくらでもあると突っ込みたくなったが)、生活費がカツカツのようだ。「16万」というフレーズは何度も聞こえた。

バイトを増やす時間はあるのか。一方は20代半ばくらいで、もう一方は10個くらい年上。先輩に相談しているというわけか。

ただ、リストという言葉あたりで怪しい気はしたが・・

* * *

「・・セミナーも絞って・・」
「・・・・○○さんって、すごいですよね・・私はダメだから・・5人いっぺんに離れてしまった・・」
「・・そういうときこそ、メンタルが大事だから、・・のセミナーに行って、モチベーションを上げて・・・」

* * * *

どうやら、ネットワークビジネスをやっているようだ。

話はおかしな方向に行っていて、生活費がカツカツという話題の続きで、有料セミナーに誘っているようである。

この友人には売らない、というルールを作れない人がネットワークビジネスをやっていたら、相談できるのはネットワークビジネスつながりの人だけ、ということになってしまうのだろう。

「バイトを増やした方がよいよ」、と相談に乗っている姿を改めて振り返ると、なかなかえげつない。

上納金を収められる程度には稼いでね、というわけなのだから。

刺青お断り について

今日、温泉に行ったときのこと。

脱衣所で一緒だったグループが、いかにも、先輩後輩がはっきりした、ちょっと苦手な、5,6人の集団だった。

露天風呂でも一緒になった彼らをみると、何人かは見事に派手な刺青をしていた。肩から上半身に、目が悪いのでよくわからないが、ドバっとある。

そちら方面の方でしたか。

しばらくすると、服を着た施設の関係者がやってきて、そのグループの3,4人に向かって、刺青のお客様はお断りしてます、今回はいいですけど、次からはご遠慮ください、と言って去って行った。

一同は頷く。注意する役割ってちょっと怖い気がするが、裸のこの場にこうやって来られたら、どうにもならない。刺青お断りって何か所かに書いてあったし。

そのあと、リーダー格の男は、

あれは、誰かが言われたから来たんだろうねえ。
ほら、家族連れが多いし。仕方ないなよねえ
俺たち何も悪いことするわけじゃないんだけどなあ
中の奴らも言われたのかな?

いつもは何にも言われないけどな。

中にいた仲間が入ってきて、何も言われなかったと確認して、なんでだろ?びびられたのか?

なんて話している。

うるさいにはうるさいが、若者数人のグループだったら、まあ、こんなものだろう。

彼らがお仕事で何をしているかは知らないが、この場では仲間内で単に年末年始を楽しんでいるだけだ。

銭湯や温泉で「刺青お断り」の理由がいつも理解できない。

人は、見かけでなくて行動で判断されるべきだろうし、そうでないと困るのだが。

だいたい、銭湯では刺青が入っている人はよく見かけるが、注意されているのを見たのは今回がはじめてだ。

んなもん、徹底できるわけがない。

 

サーバントリーダーシップについての考察

rebuild.fmというプログラマ・エンジニアのテーマは割と広いpodcastがあって、そこで前回、ゲストの伊藤直也氏がマネジメントの話の中で、サーバント(奉仕型)リーダーシップについて語っていた。

伊藤氏自身がサーバント型であろうと思ってやってきたが、そうやってみんなに気持ちよく働いてもらうことを重視していると、簡単な方法として目の前の、本来はリーダーがやらなくてもいい、雑用をやってあげてしまうことになりがちだけど、それはダメだと。

どんなに気持ちよく働けても結果が出せないと仕事としては困る。いつも優しい兄貴である必要はなくて、厳しく、色々な仕事をやらせ、決めるところをきちんと決める、いわば従来からのリーダー像が大事なんじゃないか、というような話をしていた。

ずいぶん、ざっくりとしたまとめですが。

このテーマに関連したブログを書いているさかばさんが、今日のIT勉強宴会のLTで発表するようです。これは個人的にもとても関心のある分野なので、参加する前にまとめてみました。

1)サーバント型リーダーシップが必要になった背景
変化の速度が急激になって、専門性が高まっていった結果、特定の人が意思決定すると間違う確率が高まった。
現場のメンバーの意見、それぞれの専門性を持った人が活躍し、意見が吸い上げられない組織は生き残るのが難しくなっている。だから、リーダーは各メンバーが力を発揮し、意見を出し、意思決定に参加できる枠組みを作る必要がある。

2)チームメンバーとボトムアップとトップダウンの相性
チームのメンバーの能力と、チームに対する当事者意識(およびそのポテンシャル)が高いチームでは、ボトムアップによるリーダーシップの価値が増す。

逆に、能力が高い人が少なく、当事者意識も低く、高まるポテンシャルも低いチームでは、トップダウンによるリーダーシップの方が成果を上げやすい。

短期バイトで、単純に時給だけ稼ぎたいと思っている人に、プロジェクトの長期目標についての意見を求めるのは、ほとんどの場合時間の無駄になる。

3)個人もチームもご機嫌でいたい、という思想
一時期、糸井重里氏の書籍やほぼ日のサイトにはまって、ずいぶん読んでいた時があった。いくら一生懸命仕事してたって、不機嫌でいることそのものが、周りにとって一つの害になってるんですよ、というようなことが、彼の書籍にはよく出てきた。

私もこの主張に賛同するし、自分の目標であるし、こういう目標を持つ人が増えたらいいのにと思っている。

誰しも忙しいほど不機嫌になりがちで耳の痛い話だけれど、一般論として、この主張に反論する人はいない。でも、仕事の場面でもそれがいえるのかというのは微妙なところだ。
おそらく、「長期的に見て、真にご機嫌でいられるために必要なことをする」というほうがより正確な目標になりえるだろう。

違いを簡単に言えば、稼げてなかったら、いくら楽しい職場でも駄目よ、という話だ。

4)ビジョンを実現することへの執着とチームの雰囲気を大事にしたいという気持ち
組織経営の上で、どちらも貴重なリソースだ。

それなりの地位に後者の資質を持った人がいない組織は、長持ちしないだろう。
でも、組織にとってもっとも貴重なリソースは、ビジョンを実現することへの執着であり、それはリーダーにとって重要な気質なのだと思う。

近代化の話:システムと人

-System is good, but human is problem.

大学2年生の夏、私たちの6人グループはパプアニューギニアの首都、ポートモレスビーにあるレストランで、元環境大臣だった方と会っていた。

日本から京大生を中心とするグループが来るというので、わざわざ時間を取ってくれたのだろう。私たちがその価値のあるグループだったかは疑問だが。

その内容はほとんど覚えていない。

でも、何度も繰り返された、冒頭のフレーズだけは今でも頭に残っている。

いつだって組織で問題になるのは人に決まってるんだから、それを言っちゃおしまいではないか、なんて20歳の私は思っていた。

ただ、しばらくして、それはつまり逆に言えば、日本における明治維新の時には、教育が行き届いてたからうまくいったってことなんだな、と理解するようになった。

「明治維新と幕臣 -『ノンキャリア』の底力」という本を最近読んだ。

この本によれば、「教育が行き届いていたから明治維新が成功した」というのは間違いではないが、現実理解としてはずいぶんと正しくないようだ。

例えば、箱館奉行所。ちなみに、私は3歳から9歳まで函館に住んでいたので身近に感じる。

明治維新の直前期に、イギリス領事館が人骨標本のためにアイヌの墓地を盗掘したことから外交問題になったケースでは、イギリスからアイヌへの謝罪と賠償を引き出している。

明治維新に際しては、抵抗の意志がないことを伝え、奉行所職員でその職を辞めたのは6名のみで、あとは箱館戦争による混乱はあるものの、ほとんどの職員は以前と変わらず箱館府において業務を続けている。

戊辰戦争中にも行政は機能していたし、外交でもちゃんと仕事をしている。フランス商船と日本商船が箱館港内で起こした衝突事故があった時に、フランス領事館が損害賠償を求めてきた。これに対して、箱館府の外国方が調査を行い、風上のフランス商船側に過失があったことを明らかにし、日本側に支払の義務がないことと共に領事館に伝え、それが受け入れられている。

当然ながら、こうした実務にかかわっていたのはみな元奉行所関係者だ。

つまるところ、幕末期にはすでに近代的官僚組織は出来上がっていたのだ。

新進気鋭の西南雄藩が旧態依然の江戸幕府にとってかわったというイメージが持たれているが、それは事実と全く異なる。

だから、「教育が行き届いていたから明治維新が成功した」のではなくて、すでに組織が出来上がっていた、というのが正しい。

もちろん、トップが変われば各種の改革は進めやすくなるが、明治維新は革命と呼べるようなものではなかったようです。

そう喧伝され来たのは、明治政府が自分たちをアピールするために江戸幕府をけなす必要があったからなわけです。

* *

この本では、どのようにして江戸幕府が統治機構を発展させてきたか、ということも随分説明されている。

家康の死後に、家康の側近グループから秀忠への権力交代はスムーズにいかず混乱もあったこと、家光も同じ構造で苦しみながら、また自身が病気がちだったことから、苦労しながら、老中などの仕組みを整えていったこと。

本家でなかった吉宗は将軍になるにあたって、前例のように紀州藩の家臣団を幕府に連れてこなかった。それまでの将軍は小さい頃から知っている側近を持ち、彼らが幕府の中核になっていったが、吉宗はそういう基盤がない中で、逆に言えば、そのような属人的な基盤がなくても動けるような組織にしていった。

また、旗本・御家人は土地との結びつきが弱くなっていったこと。新しい人材を登用する制度もできてきたこと。などなど

そういう様々なことがあって、全国を統治できる仕組みができてきたというわけです。

さらに、特に幕末期の慶喜は積極的な組織改革を進め、人材登用・育成にも力を入れていおり、ここで育った人材が明治期で活躍した。

慶喜は、そんな改革を進めながら、あっさり降伏したわけで、日本の歴史上、ある意味、とても有難い人物だったようです。

少なくとも、明治政府は感謝すべきですね。

* * *

日本は近代化の成功事例としてまねされる、なんてことをよく聞きますが、こういう、長い時間をかけて独自に近代化してきたという歴史を踏まえると、本当に学ぶなら、信長・秀吉の時代からの歴史を参考にしないと、実際、意味がないかもしれません。

というより、どの国も、表面上は似通っている部分はあっても、独自の歴史を持っているのだ、という話なんでしょうけど。