余裕があるって素晴らしい

電車の中で、音漏れっていうレベルを超えて、ゲーム音楽がなっていた。しばらくして、席ひとつ離れて、入り口前に立っていた女の子二人組のひとりが、たまりかねたか、振り返って即座に「うるさいよ!」って言い放った。

それは怒りというよりも、心の中に浮かんだことをそのまま口に出した風の、目の前にハエがいたから払ったような、ごくごく自然な行動に見えた。そして、みんな思っていたことだった。

全く反応しない様子をみて、その連れの子が、「聞こえてないね」という。おそらく私も含めて、その近辺の乗客一同が思っていたにちがいない。

その問題のお兄さんは楽しそうにゲームをしている。音漏れでここまで聞こえてくるとなると、相当の大音量で聞いてることになる。耳は大丈夫だろうか。

私は斜め向かいのドア前に立っていたので、声をかけに行くのはためらわれた。降りる駅は近いし、帰り際に知らせていったらカッコいいかな、とか考えていた。

そろそろ駅に着くという頃に、向かいの学生と思しきお兄さんが、にこやかに、音漏れてますよ、と知らせた。ゲームをしてたお兄さんは、これはごめんなさいと、でも極端に恐縮するでもなく音量を下げた。

この間、車内はずっと、ほのぼのとしていて、こういうケースによくある緊張感はなかった。たぶん、あんまり混んでなくて、そして連休初日の夕暮れで、みんな気持ちに余裕があったからだろうと思う。

余裕があるってすばらしい

浜松・名古屋忘備録

浜松の夜、Fくんと久しぶりに飲む。7歳年下だけど、読書家で人文系の読書量は半端なく、哲学系の理解も深い。最近、勉強会で文学論の発表をしたということで、会って20分で文学論になる。プッシュされた、大江健三郎の小説、村上龍のコインロッカーベイビーズ、読もう。

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祖母が入院している病院へ。心臓の手術をしたということで、一時は止まっていたというからなかなか怖い話だが、ご飯がまずい、と何度も話している様子をみて大丈夫そうだと思った。4回くらい結婚せいと言われる。その後、おばさん、おじさんと、天竜川沿いのお店でうなぎを食べる。午後から名古屋に行くので、すぐに移動。

新幹線のホームで両親と会う。なんと同じ新幹線に乗っていたらしい。二人はその後に、弟夫妻の家に行く。私は勉強会に行く。

「ジェネレーティブプログラミング」プログラムが自動生成されるなんて、おかしい。結局複雑性をどこかで担保しなきゃならないんだ、なんて思っていたけど、そういうのは吹き飛んだ。大事なことは、意図を見える形にして、それを記述することでプログラムが動くようにすること。

つまり、仕様書を書く=プログラムができる、という状況にすること。この分野の人たちの発表を聞いて、これは破壊的イノベーションだと認識。しかし、濃いメンバーの集まりでした。

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名古屋では「かね秀旅館」というところに泊まった。単純に駅に近くて安かったから選んだのだが、なかなか変わったところだった。街中なのに、古い木造2階建で、深夜0時頃くらい着いたとき、門の外から、ホントにここでいいのか不安になる。でも、他にないし、入る。

人のよさそうなおじいさんが対応してくれる。2階の部屋はふすまの扉で和室。いちおう、カギはついているけど、女性にはつらそう。お風呂入りますかと聞かれてうなずくと、そこから準備に入る模様。あんまり人はいってないみたいだし、こんなんでやっていけてるのかと、勝手に心配してしまう。

翌朝、帰りがけに、旅館のおばあさんに、いつからされているのかと聞いたら、嬉しそうな顔をして「60年」と返事。

なんでも、少し前に行政か雑誌かの企画で何年目かとか聞かれたことがあって、その時は「さばを読んで」50年と答えたら、ばれちゃった、と。

そういうシーンでサバを読むものなのか、あるいは50年と60年で違いがあるのか、などなど思うが。

古く営業しているってことで、賞だかをもらったとか。

いつもはいっぱいなんだけど、1月、2月は寒くて、若い人も移動しないみたい。ライブとかもないし。いつもはいっぱいなんだけどね。

また機会があったら、泊まってもいいかなと思いつつ午前8時に出発。

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せっかくだから、どこか喫茶店に入ってモーニングを食べようときょろきょろする。旅館を出てすぐのところにコメダ珈琲があって、すこし入ろうかと思うが、まだ近すぎるのでやめる。

午前中は何の予定もない。喫茶店で技術書を読むのと、あとはひたすら歩く。何も決めてなくて、何か面白そうな雰囲気がするところにむかう。

少し歩いて少しおしゃれ目な喫茶店で、小倉サンドを食べる。ここで2時間くらい「ジェネレーティブプログラミング」を読む。難しくて半分もわからない。

10時に出発。歩いていて、美術館を発見。隣に科学博物館があって、プラネタリウムにすごい行列。歩いているとき、後ろの少年3人がひたすら歩数を数えていた。やたらテンション高い。

時間もあるので美術館に入ってみる。「ルフィーノ・タマヨ」というメキシコ人の作家が気になったのでメモ。後はあまり覚えていない。

また少し歩くと、神社が見え、商店街に出る。大須商店街。服屋さんの雰囲気が大阪とちょっと違う。それから、香水の量り売り、という看板が目につく。

そういえば、数年前に名古屋のシェアハウスの友人宅に遊びに来たとき、この商店街で鳥の丸焼きを食べたのを思い出す。時刻は11時。13時に予定があって、それまでにお昼を食べるので、そろそろ食事処を探す。

でも、そのうち商店街はおしまい。ここからまた、なんの指標もない散歩。少し外れてしまったか、会社事務所くらいしかなくなってくる。

それでもめげずに、何かないか見ながら歩く。「台湾ラーメン」の店が何件か。あるいは、とんかつ屋さんも悪くなさそう。おしゃれでいい感じの喫茶店を2軒ほど見つけるが、1軒目は開いて無くて、2軒目は食事は無いようだった。

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そこからしばらくお店は見つからず。
そのうち、樹木が盛り上がった公園らしき場所が見え、そこから音が漏れている。何やらイベントをしているようなので、行ってみる。

ラクロスの試合をしていて、どういう仕組みかステレオで音楽を流していた。疲れたのでしばし休憩。ラクロスは玉が小さくて見えにくい。ずっと大きな声で声援、というか指示を出している人などを見る。

その隣では、音楽イベントをしていた。アカペラのバンドが歌っていて、「ライブ」っぽい感じのノリでいた。順番にバンドが出てくる感じ。観客は50人くらい。

公園を出ると大きな病院があって、マンションやら高い建物だらけで、いよいよ食べるお店が見つからない区画になるが、先に進む。

大きな道路を渡るとイオンモールがある。もちろん、旅先なのにここでご飯を食べることはありえない。先に進むと、おしゃれなオーガニック風のレストラン。少し悩むが却下。

そしてしばらく歩いていたときに看板をみて、これ!と思った蕎麦屋さんに入る。看板とか外観はある程度までお店の中を映し出す。もっとも、汚いのに美味しいお店とかもあるけれど。

すっきりしたデザインの看板がよいと思ったこのお店のおそばはやはりおいしかった。歩き疲れてしばし放心。

そこから地下鉄の駅に向かって直進。途中、絵本専門店を見つける。まだ買っていくには早いかと思い、お店の名刺だけもらっていく。この通りには、「鉄道専門の雑誌」と銘打った会社や、小奇麗なバーや喫茶店があった。こういう「あたり」に会うと嬉しい。

* * *
弟宅に向かう地下鉄に乗ってから、急にそわそわして、緊張してくる。何を話したものか。

迎えに来た弟はひげを伸ばしていて、風貌と雰囲気は独特だった。2年ぶりくらいか。まあ、変わらないと言えば変わらない。住んでいるマンションは駅からすぐで便利そうだった。

生まれて10日にもならないない甥っ子は、とにかく、小さかった。最初ぐずっていたが、ミルクを飲んだら、あとはずっと静かにしていた、えらい。年が離れた奥さん、というのはほとんど意識に上がらなかった。向こうはどうかわからないが。

外はいい天気で、和やかな、穏やかな、平和な時間だった。

ブルキナファソ(※アフリカの国)の写真をテレビに映してみる。弟は人類学が専門ということで、過去に金銭のやり取りなどで紙の資料が残ったものをみせてもらって、画像データとして保存する、なんてことをずいぶんしていたらしい。

前日の勉強会の講師の方が薦めていた書籍で「帳簿組織」という、ざっくりというと、企業の情報をいかに管理すべきか、ということを書いた本を持っていた。60年代に書かれた本で、当時は企業のデータ管理は紙でされていたこともあって、そういう前提の本なのだが、考えるべき本質は変わらないという話だ。見せると面白そうだといってみていた。

勉強会の懇親会で、江戸時代に帳簿に上がる前の計算はどうやっていたのか、という話が盛り上がっていたので、彼ならわかるかもと思って聞いたが、逆に知りたいと思っている、謎だということ。

人類学とIT、特にウェブサービス系は重要なところでつながっている。たとえば、女子高生向けのウェブサービスを開発している会社の人は、女子高生が読む雑誌をよみ、売り場に行き、集まる場所に行き、どんなふうに考え、何を求めているかを知ろうとする。

業務系の世界でも同様のことが求められる。私も、営業職、あるいはそのマネージャーについてもっともっと理解したいと思っている。「マネージャーの仕事」という、80年代に書かれた本を読んで感動したのだけど、これは弟も知っていた。さらには、営業職の人類学的研究をしようとした人も身近にいたらしい。もっとも、協力が得られずにあきらめたらしいが。

奥さんとのなれ初めも、弟も運営に参加している人類学の勉強会のテーマとして、看護を選んだ時に、講師として呼んだのがきっかけだったらしい。

共通部分は広くて、この辺の話はいくらでも話せそうだったが、そこで加熱し続けずにブレーキをかけたのは、私も歳を重ねたからかもしれない。

そして、今回の2泊3日の出だしでiPhoneの充電器を忘れ、慎重に残してきた電源の最後の力を使って、甥っ子を激写。しかし、そのiPhoneはWiFiを認識しなくなった文鎮で、外にデータを取り出すのはかなりめんどくさい。まあ、その方が良いのかもしれない。

当たり前だけど、どんどん大きくなっていくんだろうなと思い、名残を惜しみつつ、家を後にする。