トイレの張り紙

トイレにある、「綺麗に使っていただきありがとうございます」という類の張り紙に疑問を感じる性質なのですが、最近、この種の張り紙が違う角度から見えたことがありました。

もしかして、本当に感謝しているのではないか、と。

* * *

使う前から目につくところに貼っておいて(そうでなければ意味がないのだが)、「綺麗に使っていただき」とは理屈に合わない。
中には「いつも」なんてフレーズを混ぜてきたりする。本当にいつも綺麗に使われていたらこの張り紙は不要なはずなんですけど。。
「ポジティブな表現の方が受け入れられやすい」という人間の性質をそのまま利用している感じがする。

これを貼っておけば少しはきれいになるだろう、という意図しか見えてこない。汚くなる時があるならとりあえずコレ的な使われようなんだと思う。

* * *
大阪市営地下鉄のトイレにもこの手の張り紙がよく貼られているのですが、別の内容の張り紙のところもあります。
意味としては、「差別的な落書きがありました。悪質な場合は警察に通報することもあります」といったもの。
梅田でよく目にするのですが、あるとき、別の駅、たしか森ノ宮で同一の文面を見る機会がありました。
そうすると、あら不思議、あの押しつけがましいと感じていた表現が違った角度からみえてくるではありませんか。
もしかしたら、悪質な落書きに悩まされ続けたトイレの管理者は、「(悪質な落書きもなく)いつも綺麗にお使いいただきありがとうございます。」というメッセージを込めていたのではないか、と。

※実際は、そんなことはないと思いますけどね。

無駄話について

京都で友人と銭湯に行った。

一緒だった、友人というには先輩であるNoseさんは、大学院時代、2日に1度は仲間と銭湯に行っていたという。銭湯行って、ご飯食べるというお決まりのコースで、週に一度は車も使って遠征もして、相当箇所を制覇していたらしい。

今ではFacebookやらTwitterで人とやりとりする欲求を満たせるが、当時、携帯電話もネットもなく、リアルに会って話すしかなかった。そのせいか、他の研究室の人ともよく会っていて、全然違う分野の論文を渡してもらったりしていたらしい。
麻雀もよくやっていて、これも、麻雀そのものというより、いわゆる、だべる感じが好きだったということ。

* *

少し前に「職場の人間科学」という本を読んだのを思い出した。

コールセンター業務を請け負う会社についての調査で、この業界は離職率が高いのだが、ある支店が際立って離職率が低かった。その原因を探ったところ、全社的に同じタイミングで休憩時間があり、ウォーターサーバの置いてあるスペースで、部門をまたいでのコミュニケーションがなされていたことが原因だったという。

ウォーターサーバのある場所が「だべる」場所になっており、そこで愚痴を言い合ったり、不安を解消したり、ノウハウを共有していたというのだ。
会議のような改まった場で、「はい、話してください」と言われてもなかなかそのようなコミュニケーションは取りにくい。人間とはそういう生き物らしい。もちろん、定型業務の情報共有などは別だが、感じていることを共感し合ったり、微妙な相談事は、他に理由があって集まっているところで、何気なくかわされるやり取りの方が上手くようだ。

日本だと、タバコ部屋というのもある。あるいは、ごみ収集場所とか、幼稚園・保育園の送迎バスの来る場所など。
ソーシャルネットワークサービスはもちろん、銭湯しかり、ウォーターサーバしかり、物や場所を「コミュニケーションの場」ととらえ、効果的なコミュニケーションを設計することが組織やコミュニティの運営には重要のようです。

人間は何もしない、ということに耐えられないようです。

座禅をしようとすると、次々と雑念が湧きあがってきます。私も何度かチャレンジしましたが、いまのところ、うまくできたという感覚は無いです。

だから、何も話さなかったり、ただ無駄話をせよ、と言われてもできないんだと思います。逆に、別に目的があると、何も話さなかったり、無駄話をしている状況を受け入れることができるのではないか、と思っています。
学生の頃、サークルの会議をしているとき、ビラか何かを織り込む作業をしながらやったことがありました。この時、ちょっとうまくいっていなかったことがあったのですが、ひたすらビラを折りながら、時たま話す、という中で話しにくかったことを自然に話せた、という記憶があります。

そういう時間をどうやって作るのか、ということのひとつがウォーターサーバや銭湯なんだろうなと思います。

※「職場の人間科学」で紹介されている調査にあたっては、身に着けているだけでデータを収集できる小型センサを利用したとのこと。この種のセンサや、インターネットの発達により、社会学はようやくデータを集めるツールを手にした、いわば、天文学で言えば、望遠鏡が発明されたに等しいとのこと。結果、アンケートなど属人的な思考に頼っていた今までの研究は、望遠鏡が発明される前の天文学といってよく、そこでの「常識」はこれから覆されていくだろう、という野心的なことが書いてあります。