もう少し気軽に手を貸せたら双方が幸せなのに

緑地公園駅の近くを歩いていると、初老の女性がセメント袋のような大きな袋のペットの餌?を2つ台車に積んで運んでいて、難儀していた。

袋がずれたりして、それを直すのにも苦労していて、まあ時間もあったのでちょっと手を貸してみる。

すると女性は、ありがとうございます、でも大丈夫です、ちょっとずれたのを直していただいただけでもとても助かりました、と矢継ぎ早にいう。こっちがその場に非常に居づらくなる。

それに気圧されて、離れたら、やっぱり大変そうだから、どこまでですか?と聞いたら、すぐそこで、ほんとにいいですから、という。

結局、私はその場を離れる。離れたところから振り返ると、下りにさしかかりまあ、進んでいる模様。こちらを見て何度も頭を下げる。

こういうのを古きよき日本の伝統という人もいるんだろうけど、なんとも不便な話である。

ああ、ありがとう。今日はいい天気ですねえ。この近くにお住まいですか?くらい、ゆったりと話せたらいいのに。

それが当たり前だ、なんて態度なら嫌になるが(それにいつも手伝えるとは限らない)、丁重に礼を言うのは別れ際だけでいいだろう。

こちらは負担でもないから、手を貸しただけなのに、あんなに恐縮されると、なにか悪いことでもしているような気分になる。

ポストイット物語

夕方に自宅に寄ると、郵便受けにポストイットが貼ってあった。

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一般的には、こんな画像を投稿したら、相当なノロケになるんだろうけど、残念ながら、というか驚くべきことに、メモを書いた人物が全く思い当たらないのだ。

住所を知っている人は本当に限られているし、郵便受けに名前も書いてないのに、一体どういうことだろう?

「ネットから住所を突き止めて?」なんてことを一瞬考えて、空恐ろしくなる。
だが、それにしては手が込みすぎというか、意味不明すぎる。

そして、そういえば、このマンションにもう1人のナカオさんがいることを思い出した。

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数ヶ月前、実家から食べ物を送ってもらった。畑の野菜だとかいろいろを送ってくれたのだ。配達のヤマトの人が来た時、玄関のオートロックを解除した後、なかなか部屋にやって来ない。

おかしいと思って1階に降りると、まさに入り口から出て行くヤマトのお兄さんがいて、呼び止めようとしたら、私を見るなり、さっと私を追い抜いてエレベーターに乗って、私が乗ろうとするのも無視して上に行ってしまった。

で、私の部屋と違う階でエレベーターが止まる。その後1階に来たエレベーターに乗って私は部屋に戻った。しばらくして、慌ててお兄さんは私に荷物を渡した。受取のサインはしなかった。

そのマンションのナカオ、という組み合わせでおそらく私よりも宅配物の多いナカオさんに届けてしまったに違いない。

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そもそも、郵便受けに直接ポストイットを貼るということは考えにくい。
そうなると、少し可哀想な展開が予想される。

メモから推察して、彼女は鍵を郵便受けに入れるときに、鍵にポストイットを貼ったのだろう。
しかし、なんらかのはずみで、そのポストイットははがれてしまった。

ヤマトのお兄さんは落ちたメモを目にする。

もしかしたら、2人のナカオさんを知る彼は迷ったかもしれない。

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この推理、どうだろうか??

でも、驚きましたよ、これはほんとに。