憲法改正について

rebuild.fmという技術系のポッドキャストがある。新しい技術の話やら、シリコンバレーの話やらが中心なのだけど、前回、憲法改正についての話があった。

憲法っていうのは、プログラミングに似ているところがある。あるいは、ウィキペディアに似ている、というほうがしっくりくる人がいるかもしれない。膨大な言語による記述があって、それをメンテナンスしていく必要がある。

意欲あるプログラマはえてして、一気に全部書き直そうとしがちだ。中には、なんでこんなのあるんだ、これはいらないだろう。とか、歴史的経緯を踏まえずに削除してしまって、あとで運用していてえらい目に合う、なんてことはよくある。稼働すればまだよいほうで、永遠に終わらない作業に陥ることもある。

だから、稼働させながら、部分部分にパッチを当てていくことが王道なのだ。

それは、憲法にも言えるのではないか、という話だった。
そして、一気にやろうとするダメなパターンに陥っていないか。

確かに、自民党の改正案をまとめたサイトを見ると、たとえば、http://goo.gl/0tFmLM
その変更箇所の膨大さに驚く。

現代に即さないと思われる提案も多い一方で、逆に反対する人が少ないと思われる提案もある。

例えば、新設される内容として、
憲法改正草案 第25条の4 (犯罪被害者等への配慮)

歴史的に、加害者の人権配慮に対して被害者の配慮が十分でなかった、という話は聞いたことがある。この条項が入る過程では、その経緯に心を痛める実務家が仕事をしたに違いない。

この、膨大な変更を前に、「改憲に賛成ですか?」と言われても困る。賛成の箇所もあれば、反対の箇所もある。

提案の1つ1つの是非を議論していくのが当然の筋であるはずだ。
なのに、賛成か?反対か?ばかりで、そういう議論がほとんど見られない。

* *

歴代の首相が靖国神社に参拝する意味をずっと理解できなかった。政治家というのは、支持者の利益に沿う行動をするものだ。周辺諸国に悪影響が出ることより重要なステークホルダーって何だろうって思っていた。遺族会?相当な高齢なはずだし、神社系の団体?でもそこまで影響力があるとも思えない。

日本会議という組織がその関係者、らしい。
「日本会議の研究」によれば、長年の地道な、実に民主的な活動の結果として現在の影響力を持つようになったという。

憲法改正は彼らの明確な目標であり、着々とその実現に向けて進んでいるということだ。確かに、そのようにみえる。

* * *

改正案には時代に逆行するイデオロギーが随所に色濃くみられる。到底許容できないし、私が観測する限り、積極的に賛成する人の方が少ないだろうと思われる。

だからこのまま、彼らの望むままに決まってほしくない。

ではどのような対抗が有力か?と考えたときに、今のような、単に反対というのは無理筋な気がする。

オープンな議論を喚起するほうが有効な戦略だと思われる。

敵対味方という構図を脱してほしい。

そうでなくて、具体的な改正案に焦点を当てる戦略をとるべきではないか。

それは理屈にも合う。

まずは読みやすく、アクセスしやすい憲法改正についての情報が一覧できる、プラットフォームを作る。変更によって、何が変わるのかの説明もいる。それは案を出した与党に説明責任もある。
現在、議論がどのくらい進んでいるかも見えるようにする。

そうやって透明化する。

もちろん、いくら優れたプラットフォームでも見えてもらえるとは限らない。私も今はこんな文章書いているけど、いつもは自分のことで忙しい。みんな、ぶっちゃけ、そんなに時間と関心を持てない。

だから、関心を喚起する作戦もいる。特に問題があり、改正の争点になる重要な箇所については、積極的に著名人からコメントをもらう必要もあるだろう。そのためには、可能な限りイデオロギー色に染まっていないことが大事だ。

それは見た目の問題ではない。

それはスタンスであり、人をちゃんと尊重するか、という姿勢の問題だと思う。イデオロギー色が強いと思われる箇所も、全部人間が作ったものなのだから、なぜそのような案が必要と考えているのか、ということをしっかりと理解しようとする姿勢が求められると思う。

そんな風にして、議論が進み、違うと思う個所には、やっぱり変だよ、という世論を形成する、という方向に進んでくれたらいいんだけどなあ。

お布施についての考察(2)

お寺でお布施についてなるほど、と自分で腹落ちしたとき、ぱっと頭に浮かんだのは、最近読んだ、アマンダ・パーマーというミュージシャンの書いた「お願いの女王」の内容だった。

著者は、バンドのツアーのための費用として、クラウドファンディングで1,200万ドルを集めたことで有名になった。

著者は最初、ストリートパフォーマンスで、花嫁の衣装をしてお金を入れてくれた人に、花を渡すという活動をしていた。音楽活動をするようになってから、ライブに来てくれた人のメールアドレスを聞き、メーリングリストで近況をこまめに報告していた。そうやって、多くの人たちと個人的な関係を築いており、ライブに関すること、例えば泊めてもらう場所などで、いつもファンにお願いをして助けてもらっていた。

クラウドファンディングの結果は、そうやって築いてきた関係が可視化した一例に過ぎないということらしい。

著者に対しては、物乞いだ、という批判されることも多いようだ。その本の濃い内容をここで紹介しきれないが、私なりに理解したことの中から、この文脈に関することを2つ挙げると、

1)贈与の媒体になっている
2)自分をさらけ出しながら、一人ひとりをまっすぐに受け止める存在である

となる。

1)贈与の媒体になっている
「お願いの女王」という奇抜なタイトルが示すように、著者はファンの人たちにお願いをする。他にも、ライブに他のアーティストを呼んで手伝ってもらったりする。そのうち、ファン同士での助け合いも見られるという。

2)自分をさらけ出しながら、一人ひとりをまっすぐに受け止める存在である
「本当の勇気は弱さを認めること」という本に大きな影響を受けたと著者は紹介している。
自分の弱さも含めてさらけ出すこと、そして、つらい状況にある人を抱きしめる、そういうシーンが印象的で、多く紹介されていたように思う。

シンガーソングライターは多かれ少なかれ、このような役回りを担うことになる、と述べている。
確かに、人生を謳う歌詞に共感する人たちは、そこに自分を重ねるだろうと思う。

お寺にも「見守っている」という雰囲気を感じる。

例えば、座禅が終わった後、住職は一人一人に「いかがでございましでしょうか」と尋ねる。
各々は「今日は気持ちよかった」「眠気と戦っていた」「考え事が次々と押し寄せてきた」「よく座れた」など(もう少し長い場合もある)と、感想を添える。

座り方などのテクニカルな話題や、これでよいのか、という不安に対してはコメントを添えるが、住職は基本的にうなずいて聞くだけだ。

ところで、私が座禅会に行くお寺は一度破産したらしい。
お寺も破産するもののようだ。そのとき、鑑定士がやってきて色々とみていったが、一番の値段が付いたのはカローラで、他は買い取ってくれなかったらしい。

代々、白隠上人が書いたとされる家宝の掛け軸も贋作だったらしい。お正月と、前回も久しぶりにその掛け軸を飾り、このエピソードを語っていた。(私は控えめに言って3回はこの話を聞いている。)

私がこの住職が好きなのはこういうところにあるのかもしれない。自らをさらけ出すということは、お寺にとっても重要なポイントなのかもしれない。

そうやって考えた後に、登山家の栗城史多氏も同じ文脈で理解できると気づいた。

栗城氏は単独無酸素登頂という厳しい条件の登山に挑戦している人で、何年か前に、京大の情報学系のOB会が主催している「超交流会」の講師で話しているのを聞いて知った。

登山家が山に登る理由は「そこに山があるからだ」とはよく言うが、彼の場合は、「弱い、ダメ男だった自分ができることを証明して勇気を与えたい」というような目的意識を持っているようで、ネット中継含め、ソーシャルメディアへの発信も積極的に行っている。

この話を聞いて、どう理解したらいいのかわからなかった。まずもって、彼は全く弱くないだろ、とか突っ込みを入れてしまうのは、私のような人間のさがである。

エベレストの単独無酸素登頂というのはなかなか困難らしく、失敗する中で凍傷で指を何本か切断してもいる。

多くの人がそんな彼を応援している。その気持ちはわかる一方で、もやもやしたものが残っていた。

考えてみると、彼もまさしく以下の2点を満たす存在なのだ。

1)贈与の媒体になっている
2)自分をさらけ出しながら、一人ひとりをまっすぐに受け止める存在である

* *

話が横にそれました。

ここでの話を「お布施」という側面からまとめる作業ははるか彼方に行ってしまったので、いったんここで終了です。

1)贈与の媒体になっている
2)自分をさらけ出しながら、一人ひとりをまっすぐに受け止める存在である

という存在についてもう少し整理すると色々と見えてくる気がします。

お布施についての考察 (1)

ここ1年半くらい、徒歩5分の近所のお寺で月1で開かれる座禅会に参加している。

朝8時開始なのだが、最初はお菓子と和尚さんが抹茶を立ててくれて、それをひとりずつ、もらい、その間、和尚さんのお話が続く。

お坊さんの話し方はやたら間を取るので、進展がゆっくりで、同じ話も多い。もうその話、何回も聞いているから!って思うことはしょっちゅうである。

いつも9時ごろまで話は続くので、8時50分くらいに行くとちょうどよいのだが、前回、8時30分くらいに行ってしまった。

この日は、九州の地震のあった地域に行った時の話をしていた。同じ宗派の熊本のお寺に支援に行っていたようだ。その話を聞いていると、300年前からこの場所にあったというから、きっと江戸時代にも同じようなことがあったのではないかと想像した。

九州方面で大地震があったという噂の真相を聞くために、たくさんの人が集まったのではないか。お寺はメディアでもあったのだ。

お坊さんの話で、本人が素朴に疑問に思ったこととして、震災直後、熊本市内の熊本城も主な観光名所は石垣が崩れるなどして、ブルーシートがかかっていてまともに見える状態ではなかったのだが、それでも、韓国や台湾の人を乗せたバスがたくさん来ていた。彼らは何を見ていたのだろう。という話は、へーと思った。

座禅が終わった後、おそらく檀家さんの一人からもらった永良部ユリを植えたのですが、それが花をつけている、という話があった。前に植わっているソテツも100年以上になると。あれも貰ったものでしょうと。

帰り際にトウモロコシをもらう。これも、たくさん頂いたものなのでということだ。

お寺は、そういう風に人からいろいろ頂いて、それをお渡しするところなのです、と。

情報や、無償の贈答の媒体であること。
お寺が提供してきたものは総合的なものだった。

その時、お布施というものが何なのかがわかった気がした。

お布施に対する「お気持ち」は、本来、日々の総合的な関係性に対する感謝だったのだろう。

葬式に来てもらったこと単体への対価ではなく。

普段の関係性が失われてしまったのに、お布施の時だけ、「お気持ちで結構ですから」となどと言って要求されても、ぼったくりだと思うは当然だし、それならアマゾンのお坊さん出張サービスで十分だと思ってしまうのだろう。

梅田で待ち合わせの間に

ストリートミージシャンのお兄さんは開口1番、リクエストはありませんか。そりゃあないだろうと思ったけど、この人、どの歌手でも歌うらしい。人間ジュークボックスか。

警察官が現れると、歌う2組はミージュックストップ。でも帰る風でもない。とりあえず、いる時は歌ってはダメだけど、撤退しなくてもいい、というお決まりの模様。グレーをアリにするというのは日本流か。

隣のお兄さん、1人で待ち合わせの女性に声を掛ける。そりゃあ無理と思えるナンパか。と思ったが、しばらくして来て合流した仲間との会話には、デリヘルは一万四千円とか言っている。なるほど、新年度にスカウト業務ですか。しかし、こんなんで見つかるものなんでしょうか。彼らは3人ともトゲトゲした財布が印象的でした。

イミテーション・ゲーム

主人公のアラン・チューリングはドイツの暗号機、「エニグマ」の解読した実在の人物。天才。暗号解読によって、戦争は2年早く終わり、1400万人の命は救われたとみられるというのだから、壮大な話。なんとなく、エニグマという言葉は聞いたことがあったけど、解読の事実さえ50年間秘密にされていたということも知りませんでした。

天才というだけでなくて、普通でないところがあり、社会の中では生きづらい。当時だと特にそうで、幸せに暮らしましたとさ、とは全くならない。世の中は理不尽です。

映画のストーリー展開もうまい。

理不尽すぎるのだけど、最後の方で主人公に向けられた、「あなたが普通じゃないから世界はこんなに素晴らしい」っていうセリフがいいなあ、と思った。

本質的には誰に対しても言えることだと思うけれど、このような生涯を送った人に対して誠実に言える、ぴったりの言葉だと。

ペテロの葬列 宮部みゆき

宮部みゆきはとても好きな作家で、いつも引き込まれて、先へ先へ読みたくなってしまう。ミステリーはほぼすべて読んでいる。

ほぼ、というところが少し厄介でもある。たまに未読のをみつけるとうれしくなる。それで、一度、読んでないと思って途中まで読み進めていて、読んだことがあるって気づいたことがある。

誰かが書いてたけど、自分が気に入っていると知っている小説を内容を忘れてもう一度楽しめるのは幸福なのかもしれないが。

「ペテロの葬列」は初版が2013年なので、まさか読んでいないはずだが、主人公が同じ「誰か」「名もなき毒」は両方読んでいることもあって、どうも同じテーマを扱っているのを読んだ気もしながら読んでいた。

ラストは予想外だった。いくらなんでも、このラストを読むのが二回めであることはないと信じたい・・主人公の杉村さん、可哀そすぎる。

でも、状況を整理すれば、行くべき着地点なのかもしれない。

宮部作品の主人公やその周辺の人には、正義感にあふれ、日々の生活をちゃんとし、責任感を持った、特に女性が登場する。そういう市井の人たちが世の中を回しているのよ、と語りかけてくる。まったくその通りと思う。

ただ、過剰ともいえる正義感が息苦しい時がある。
マンガ「るろうに剣心」の元新撰組の斉藤一の「悪即斬」のような。人間はいつでも悪になりうる、というのは宮部作品のテーマだと思うが、悪というものが明確に定義できるものとして存在しているように書かれるのは少しひっかかるときがある。

それと、昔はちゃんとしてたけど、若い人ってどうなのよね、という見解がよく出てくるし、今の世の中は悪くなっているということが前提な記述も多くて、そこは筆者に反発してしまう。

で、「ペテロの葬列」の結末をこういうふうに持ってくるっていうことは、基本的に昔ながらの価値観に立つだけじゃないっていうことだとも受け取っていいのかもしれないと思った。相手側視点の記述が少ないので、何とも言えないけれど。

真夜中にほろ酔いで家にたどり着く直前

真夜中にほろ酔いで家にたどり着く直前、イヤホンで音楽聴きながら、いい気分でちょっと口ずさんだり、たたんだ折りたたみ傘をくるくる回していたところ、左斜め後ろに自転車が見えてハッとして、恥ずかしくなりながら、早く抜いて行ってくれと念じるも、なかなか追い抜かないから、半分振り返ったら、自転車押していて、2人いて、カップルで、なんか嫌な予感がしたら、やっぱり同じマンションの住人で、でもこの距離なら気まずくても、自分は最上階だから一緒に乗るべきだと思って、ちょっと意地になって、開くのボタンを押して、エレベータの中から振り向いたらどうやら2階の住人らしく、階段を上って行ったので少しほっとして、閉じるのボタンを押した。女性が階段の下にいるころ、男性は7割がた上り切っていた気がするから、階段を上る男性の足取りは軽かったのだろう。

政局ばかりの報道

お昼に定食屋のテレビでニュースが流れていて、政治の話をしていた。野党が集まって、参院選の選挙に向けて協議しているという。

民主党かの人が「それぞれの党の公約から重複する内容を洗い出す」というようなことを言っていた。官房長官が野合の衆が集まって何になる、と言っているのが紹介され、その後、総理の憲法改正についての発言が「選挙に影響がある、気をつけてもらわねば」というような意見が相次いだ、と紹介している。

野党関係者、自民党の人たちが政局のためだけという観点で一生懸命になっているのを、当たり前のように淡々を報じられているのをみていると、不思議な気持ちになってくる。

野党で発言していた人がどんな立場かわからないが、事務仕事ができるだれかを連れてきて任せても言えそうなコメントなんだけれども。いや実際、そういう仕事は必要だということはわかるけど、少しでも大儀を掲げようという気持ちはないのだろうか。

報道している人も、そんな疑問は沸かないものなのだろうか。

東京見聞録:浅草

最近、東京に行くことが多いのだが、前に泊まりだった時、ちょっとおもしろな飲み屋を見つけた。

店主はバンドをやっていて、ちんどん屋のようなスタイルだそうで、笑点にも出たことがあるらしいのだが、まあ、バンドってのは人数もいるしそれだけではとても食えないしね、なんて話をしていた。

途中、お店に入ってきた人が、「このあとイッキョクやってきますか?」と、店主に話しかける。(その時、店には、店主とバイトがいた)

イッキョク=1曲と思い、カラオケ?ダンス?なんて不思議に思ったのだが、それは「一局」であり、将棋のことだった。後ろでおもむろに対局が始まる。

よく見ると、奥の壁にはリーグ戦の表が貼ってある。

10人くらいだろうか。ほとんど近所で商売やっている人らしい。商品は各自が持ち合っていて、このリーグ戦では、優勝者には最近テレビで紹介されたらしいラーメン屋のビールセットがついている。ちょっと釣り合わないのではと思ったが、靴屋の商品もある。

* *

二回目のこないだは、バイトと客が2人だった。
客の一人は、中国か韓国の人らしい。もう一人の日本人が、しきりに感心している。

「あざっす!がわかるって、レベル高いなあ。ちょっと違和感があるくらい」
というような、日本の話し言葉というか、スラングもわかる、ということに驚いている。

いくら海外の人だって、住んでたらそりゃあ知るだろうし、ちょっと失礼な人だな、と思って聞いていた。

話に加わると、アニメとドラマで日本語に馴染んだという彼は韓国の学生で、今回は2回目の旅行で日本に来たのだという。前回も今回も滞在していたのは1、2週間程度だという。日本語は留学生と話す程度で、専門というわけでもないらしい。

それで、普通に日本語で話せるのは驚異的だ。

マンガ・アニメは何が好きかときいたら、アイドルマスターと、あとその類(失念失礼!)の名前を挙げた。ナルトとか、ワンピースが来るかと思ったのだが、世代もあるのだろうか。

マンガの話をしていたら、
「ジョジョって、ネットでよくネタにされるけど、実際にマンガとかアニメを観てる人は少ないですよね。」
なんて話しだすから、アンタ日本人では?
とつっこみたくなってしまう。

しかし、考えてみると正確には、「そういう漫画やネットが好きな、いわゆるオタク的なことに興味があるような人」なのであり、そういった人は、日本に住んでいることもあるし、韓国に住んでいることもあるのだろう。

大きなメガネをかけ、外見はいわゆるオタクのイメージそのものだった。聞けば、韓国で彼の世代(20代前半?)が40人いれば、1人,2人は彼のようなオタクがいるという。

なるほど。日本なら、もうちょっと多い程度だろうか。

私はあまり長居しなかったが、その韓国人の彼と、もう一人の日本人のお兄さんは、
「ルパンはクールだ、次元が特に良い、その次元を主役に据えた最近のルパンの映画は最高にクールだ」と盛り上がっていました。

東京見聞録:ネットワークビジネス

バーガーキングに電源があったので、せっせと作業をしていたら、奥にいる女性2人組みの話声が聞こえてくる。

「・・・16万の振込で・・」
「・・出費を見直さないとね・・」
「・・・リスト作って・・」
「・水とか?・・」

「バイトもさあ、もっと当たらないと」

* *

どうやら、水を買うかどうかを検討するほど(というか他に検討すべきことはいくらでもあると突っ込みたくなったが)、生活費がカツカツのようだ。「16万」というフレーズは何度も聞こえた。

バイトを増やす時間はあるのか。一方は20代半ばくらいで、もう一方は10個くらい年上。先輩に相談しているというわけか。

ただ、リストという言葉あたりで怪しい気はしたが・・

* * *

「・・セミナーも絞って・・」
「・・・・○○さんって、すごいですよね・・私はダメだから・・5人いっぺんに離れてしまった・・」
「・・そういうときこそ、メンタルが大事だから、・・のセミナーに行って、モチベーションを上げて・・・」

* * * *

どうやら、ネットワークビジネスをやっているようだ。

話はおかしな方向に行っていて、生活費がカツカツという話題の続きで、有料セミナーに誘っているようである。

この友人には売らない、というルールを作れない人がネットワークビジネスをやっていたら、相談できるのはネットワークビジネスつながりの人だけ、ということになってしまうのだろう。

「バイトを増やした方がよいよ」、と相談に乗っている姿を改めて振り返ると、なかなかえげつない。

上納金を収められる程度には稼いでね、というわけなのだから。