白熱灯とLED


ヘルシンキの街なかでは、道路を挟んで電灯が吊るされている。ウィキペディアをみて知ったが、緯度が高いということは今の季節は日が長い一方で、冬は極端に日が短くなる。だから、日本とは少し違った理由で、この電灯が必要なのだ。

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少し前に日本で、完全にLEDだけの照明のローソンに入ったとき、何とも言えない違和感があって、とても落ち着かなかったことがあった。蛍光灯に照らされることには慣れているが、LEDに照らされていることには慣れていないからだろう。それに、LEDで照らされているのって、スーパーに並んでいる肉のイメージがある。

そんな話をしたら、少し古いが、LEDの明かりは人を落ち着かせないという研究があるらしい。LEDに切り替えた老人ホームでは苦情が相次いで取りやめになったという例もあると。自分の体験から言って、今でもその状況は変わっていない気がした。

電子書籍と紙の書籍と近いかもしれない。一つは慣れの問題である。蛍光灯だって不自然だがそれに慣れてきたのだ。だから、電子書籍よりやっぱり紙の本と思ってしまうのと同じで、LEDが好きになれない側面もあるのだろう。

ただそれだけではない。ゆらぎがポイントなのだと主張する研究もあるらしい。波長の問題なのだとか。

もう一つは適度な明るさというのがあって、明るすぎないほうが人は落ち着くものらしい。この手の話をする人は、私も含め、陰影礼賛、という言葉をイメージする。もっとも、谷崎潤一郎の本は読んだことがないけれど。

いずれにしたって、少なくとも私と同じかそれ以上の人たちにとって、完全LEDの設備で暮らすのはちょっとつらそうだ。

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白熱灯は優しい、気がする。それは、私なんかは北欧のデザインに憧れがあって、やっぱり、蛍光灯より白熱灯の方がかっこいいように思ってしまう。LEDに照らされる街はなんだか人工的な雰囲気がする。

もっとも、新宿歌舞伎町を思い出せば、照明の種類など些細な問題だ。区役所の隣で午前中からおねーちゃんが客引きをする街である。でもまあ、新宿はヘルシンキになれるはずがないし、なる必要もないのだが。

撮った写真のアルバムのGoogle Photoへのリンク:
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